生の充実

経済成長に貢献していない自己認識をじわじわと洗脳されていくと、老人はお荷物、障碍者はお荷物、子供はお荷物となって、世間は弱者へ一気に攻撃を開始し、経済成長より大事な家族愛とか隣人愛とか敬老と働く仲間愛とかあるだろうと言った途端、余分な異分子としてあらやる組織から排除されてしまう。

その約50%完成段階が今の日本である。

最終完成段階になると、老人は自分の生も死もが経済成長に貢献していないと自分で死を選び、死に方までも経済の足を引っ張らないかどうか気にして死んでいく。
つまり自死を尊厳死と日本人の得意なすり替え言葉にして、老人が障碍者が自分で死を選ばないと白眼視するようになる。

世間さまは、悼む気持ちもない。当然のこととして「ゴミ」のひとつとして処理する。

結果するものは、生が恐ろしく単一化し、生きていても面白くない、自分らしさや仲間との交歓もなく、金以外のそれらがすでに欲求からも排除されて、経済成長のためのロボットと化している自覚さえなく、高給マンションに住んでいる優越感だけが生の実感の唯一の人間感情となる。
当然裏には優越感たいする劣等感がつきもので、それの唯一のはけ口は犯罪しかないというところまでいくだろう。
現にここ数年、60歳以上の老人の犯罪は飛躍的に増え狂暴化している。

アメリカがほぼそれにちかいのだが、完成形態にちかくなると、生の充実は阻害されるため、青少年の犯罪が激増する。性犯罪は昔のように性暴行だけではなくなり、同時に金銭強盗がセットで行われる。
マスコミは優越感組だからこうした陰部の予測は伝えない。
今朝日新聞までもが、経済成長のためにはシンガポールに学べと言い始めた。 http://ヤミ金に強い弁護士.asia/